アーケード版『ペーパーボーイ』独創の配達アクション

アーケード版『ペーパーボーイ』は、1985年にアタリゲームズ(日本での販売はナムコ)から発売された、ユニークなゲームジャンルを確立した作品です。開発はアタリゲームズ内で行われました。プレイヤーは自転車に乗った新聞配達の少年となり、住宅街のコースを走行しながら、契約している顧客の家に新聞を正確に投げ込むことが目的です。斜め上から見下ろすような独特のアイソメトリックビューを採用し、左右に移動しながら新聞を投げ、障害物を避け、時には非契約者の窓を割るという、当時のアーケードゲームとしては非常に挑戦的で革新的な特徴を持っていました。

開発背景や技術的な挑戦

『ペーパーボーイ』の開発は、当時アタリゲームズ社内で斬新なアイデアを求める機運が高まっていた中で生まれました。開発チームは、日常的な行為である新聞配達をテーマに、既存のレースゲームやシューティングゲームとは一線を画す新しい体験を提供しようと試みました。最大の技術的な挑戦の1つは、斜め上から奥行きを表現するアイソメトリックビューの実現です。当時のハードウェア性能では、滑らかで立体感のある描画を実現するために高度なプログラミング技術が要求されました。プレイヤーの操作と連動して背景がスクロールし、障害物が立体的に迫ってくる感覚は、当時のプレイヤーに強いインパクトを与えました。

また、専用の筐体設計も挑戦的な要素でした。ゲームの操作には、自転車のハンドルを模した専用のコントローラーが採用されました。このコントローラーは、レバーを倒すことで移動、ボタンで新聞投げを行うというもので、ゲームの世界観と一体となった直感的でユニークな操作感を実現しました。この特別な操作デバイスは、ゲームセンターにおける本作の存在感を際立たせ、プレイヤーの没入感を高めることに大きく貢献しました。

プレイ体験 

プレイヤーは、1週間(7日間)を通して、毎日異なる難易度の新聞配達ルートに挑みます。ゲームの基本操作は、自転車のハンドル型のコントローラーで左右に移動し、ボタンを押して新聞を投げるというシンプルなものです。しかし、実際に新聞を顧客の家の玄関や郵便受けに正確に投げ込むには、緻密なタイミングとコントロールが必要です。新聞が契約者の家に届くとポイントが加算されますが、非契約者の家に投げたり、窓ガラスを割ったりすると「いたずらポイント」のようなものが入り、これもゲーム内の面白みの一つでした。

コースには、芝刈り機で作業する人、ローラースケートを履いた人、吠える犬、走ってくる車、さらには竜巻や墓地といった奇妙でコミカルな障害物が多数配置されており、これらを避けながら高速で移動しなければなりません。衝突するとプレイヤーは自転車から投げ出されてしまい、残機を1つ失います。また、全ての新聞を配り終えるか、契約者以外の家に新聞を投げてしまうと、その顧客は契約を解除してしまいます。1週間を通して全ての顧客との契約を維持すること、そして全ての新聞を配り切ることが、このゲームの挑戦的な目標であり、プレイヤーに高い集中力と判断力を要求する、中毒性の高いプレイ体験を提供しました。

初期の評価と現在の再評価

『ペーパーボーイ』は、その発売当初から、従来のアーケードゲームにはない斬新なコンセプトとユニークなゲームプレイで高い評価を受けました。新聞配達という身近なテーマをアクションゲームに落とし込んだアイデア、そしてアイソメトリックビューによる視覚的な奥行きの表現は、当時のゲームセンターにおいて一際目を引く存在でした。専用のハンドル型コントローラーも、ゲームの世界観を強化する要素として好意的に受け止められました。ゲームの難易度は高いものの、ユーモラスな障害物や達成感が、多くのプレイヤーを魅了しました。

現在では、『ペーパーボーイ』は1980年代のアーケードゲームの金字塔の1つとして再評価されています。その革新性や、後のランナーゲームなどのジャンルに与えた影響は非常に大きいと見なされています。特に、日常的な題材をゲーム化する発想、そして独自の視点や専用コントローラーといった要素は、クリエイティビティの重要性を示す好例として、ゲームデザインの歴史を語る上で欠かせない作品となっています。そのシニカルでコミカルな世界観も、時代を超えて愛され続ける理由の1つです。

他ジャンル・文化への影響

『ペーパーボーイ』は、ビデオゲームの歴史において、特定のジャンルの先駆者として重要な影響を与えました。その強制スクロールするコースを走りながら、障害物を避け、同時にアクションを行うというゲームプレイは、後のエンドレスランナーやレールシューターといったジャンルの原型の一つと見なされています。特に、環境オブジェクトの破壊がゲームプレイの一部となるデザインは、当時のゲームとしては新鮮であり、後のアクションゲームにおける環境とのインタラクションの可能性を示唆しました。

また、日常的な題材をコミカルに、かつアクションゲームとして成立させた点は、ゲームの多様性を広げる上で大きな文化的影響を持ちました。新聞配達員という身近な職業を主人公に据え、奇抜な障害物やコミカルな暴力表現を盛り込むことで、ビデオゲームのテーマの幅を大きく広げました。そのユニークなコンセプトと専用コントローラーのインパクトから、1980年代のポップカルチャーの一部としても認知されており、現在でもそのデザインやテーマは、さまざまなメディアでオマージュやパロディの対象となっています。

リメイクでの進化

アーケード版『ペーパーボーイ』は、その人気から、後に数多くの家庭用ゲーム機やパーソナルコンピューターに移植・リメイクされています。オリジナル版の成功後、特にグラフィック技術の進化に伴い、リメイク版では更なる表現力の向上が見られました。例えば、3次元的な表現が可能なハードウェアでのリメイクでは、オリジナルのアイソメトリックビューの概念を保ちつつ、よりリアルな奥行き感やスムーズな動きが実現されています。

多くの場合、リメイク版ではオリジナルの核となるゲームプレイ、すなわち新聞を投げるアクションと障害物回避の面白さは維持しつつ、操作性の改善や追加要素が加えられました。新しいコースの追加、異なるキャラクターの選択、マルチプレイモードの導入などが、その進化の例です。しかし、アーケード版の持つ専用コントローラーによる操作感や、当時の技術で実現されたアイソメトリックビューの独特の魅力は、完全には再現し難い、特別な存在であり続けています。

特別な存在である理由

『ペーパーボーイ』が特別な存在である理由は、そのジャンルの独創性と革新的な操作体験に集約されます。新聞配達という日常を、斜め上からの独特な視点(アイソメトリックビュー)と、自転車のハンドルを模した専用コントローラーによって、他に類を見ないアーケード体験へと昇華させました。

このゲームは、単に敵を倒したりレースをしたりする従来のゲームの枠を超え、時間管理、正確なエイミング(投擲)、そして障害物コースの記憶という要素を組み合わせた、独自のスキルセットをプレイヤーに要求しました。特に、顧客の「契約維持」という要素は、単なるハイスコアアタック以上の、ゲーム内での責任感を生み出しています。その風刺的なユーモアと相まって、プレイヤーの記憶に強く刻み込まれる、80年代を象徴する作品の1つとして、今なお多くの人々に語り継がれています。

まとめ

アーケード版『ペーパーボーイ』は、1985年に登場した、ゲームセンターの風景を一変させた革新的な作品です。新聞配達というありふれたテーマを、アイソメトリックビューと専用のハンドル型コントローラーという大胆な技術的選択によって、ユニークで中毒性のあるアクションゲームへと作り上げました。高い難易度とコミカルな障害物の数々、そして契約者を維持するという目的は、プレイヤーに挑戦と達成感をもたらしました。

本作は、その独創性によって後の多くのゲームに影響を与え、ゲームデザインの可能性を広げた歴史的な作品として、現代でも高い評価を受けています。単なるレトロゲームとしてだけでなく、ゲームというエンターテイメントが日常の要素を取り込み、独自の形で表現できることを証明した、ビデオゲーム文化における特別な一里塚であると言えるでしょう。

©1985 アタリゲームズ