アーケード版『新入社員とおるくん』は、1984年にコナミによって開発・販売されたアクションゲームです。海外では『Mikie』というタイトルで知られており、国内版では「とおるくん」という名の新入社員が主人公です。プレイヤーは、会社という日常的な場所からの脱出を目指すとおるくんを操作します。その特徴は、当時のアーケードゲームとしては非常にユニークで、新入社員の社内暴力による脱出劇とも言える過激な設定にあります。ヘッドバットやヒップアタックといった型破りな攻撃方法を駆使して、上司や同僚といった敵キャラクターをかわしながら、ステージに散らばるハートを集めていくという、コミカルでありながらもどこかブラックユーモアを感じさせる作品として、今なお多くのプレイヤーの記憶に残っています。
開発背景や技術的な挑戦
本作のタイトルは、実は海外で先行していた『Mikie』の日本ローカライズ版として生まれました。オリジナルの『Mikie』は、高校生が学校からの脱出を目指すという設定でしたが、日本国内でのリリースにあたり、学生による反抗的なテーマが不謹慎と見なされる可能性があったためか、新入社員が会社を脱出するという大胆な設定に変更された経緯があります。この設定変更は、単なる舞台の置き換えに留まらず、オフィス、社員食堂、会社の庭といった、当時の社会人にとって身近な空間をゲームの舞台として再構築するという、ある種の文化的な挑戦でもありました。その結果、ゲーム内には、真面目に仕事をする同僚をヒップアタックで椅子から叩き落とし、上司にヘッドバットを見舞うといった、現実の規範から逸脱したコミカルかつ過激な表現が採用され、結果的に独自の個性を確立しました。
技術的な観点では、本作は同時期のコナミ作品の多くがそうであったように、滑らかでコミカルなキャラクターアニメーションと、当時のアーケードゲームとしては比較的大きなスプライト(キャラクターの画像)表現を採用しており、見た目の楽しさを追求していました。特に、とおるくんの奔放な動きや、敵キャラクターのユニークなリアクションは、当時の技術水準を活かした表現力の賜物と言えます。また、ステージ構成も単調でなく、画面内に多数のキャラクターを配置しつつ、プレイヤーの動きに応じて敵キャラクターが複雑なアルゴリズムで追跡してくるという、当時のアクションゲームとしての水準を満たしたゲームデザインも特徴です。
プレイ体験
プレイヤーは、主人公のとおるくんを操作し、各ステージに配置された特定のアイテム、特に同僚をヒップアタックで椅子から落とすことで出現するハートを全て集めることで、次のエリアへの扉を開放します。このヒップアタックで真面目に働く同僚を攻撃するという行為は、現代のゲームでは考えられないほど型破りであり、それが本作の特異なプレイ体験を生み出しています。
ステージを徘徊する敵キャラクターとしては、主人公を追い詰める悪山課長、そして食堂にいるコック、さらには会社の庭を守るガードマンなどが登場します。課長に対してはヘッドバットで一時的に気絶させることが可能ですが、コックやガードマンといった敵はより強敵です。アイテムの投擲も重要な要素であり、ステージ内に落ちているボールや肉などを敵に投げつけることで、彼らを一定時間足止めすることができます。この一時的な足止めを活用し、効率的にハートを回収し、敵の追跡から逃れるスリルが、本作の核となる楽しさです。
ゲームは全5ステージ構成で、これをクリアすると難易度が上昇した2周目が始まります。2周目ではステージの順番が変わり、敵の動きもより高速化・多様化するため、1周目の知識だけでは通用しない、手ごたえのある難易度がプレイヤーを待ち受けています。特にハリーアップの警告音とともに敵のスピードが増す仕組みは、プレイヤーに常に緊張感と迅速な行動を促すアクセントとなっています。全体として、設定はコミカルですが、アクションゲームとしての難易度は高く、単純な反射神経だけでなく、敵の動きのパターンを読み、アイテムを効果的に使う戦略性も要求される、奥深いプレイ体験を提供しています。
初期の評価と現在の再評価
本作は1984年のリリース当時、そのユニークすぎる設定と過激なコミカルさで、プレイヤーに強い印象を残しました。一般的なアクションゲームが持つヒーロー的な物語やシリアスな世界観とは一線を画し、日常的な会社を舞台にした非日常的な脱出劇は、当時のゲームセンターにおいて異彩を放っていました。
初期の評価としては、そのぶっ飛んだ設定ゆえに、一部で賛否両論を呼んだ可能性はありますが、ゲームシステムそのものはアクションゲームとしてしっかりと成立しており、多くのプレイヤーに受け入れられました。そして現代においては、本作は愛すべきバカゲーの代表格の一つとして、コアなレトロゲームファンからたびたび話題に上がり、再評価されています。単に技術的に優れていたというだけでなく、そのカオスな設定が時代を超えてもなお、プレイヤーの心に強く刻み込まれる理由となっています。
特に、同僚を叩き落としてハートを奪う上司に頭突きをする、といった、現実離れした行動をプレイヤーが取ることを許容する、当時のゲームの自由な発想が、ノスタルジーとともに高く評価されている点です。メディアの採点や売り上げといった定量的な情報以上に、記憶に残る個性的な作品として、その価値が見直されています。
他ジャンル・文化への影響
『新入社員とおるくん』が直接的に他のゲームジャンルのシステムを確立したというような影響は限定的かもしれませんが、その非日常的な舞台設定での過激なアクションというコンセプトは、その後のゲームデザインに間接的な影響を与えた可能性があります。特に、日常の風景や社会的なテーマを、コミカルあるいはブラックユーモアを交えて扱うというアプローチは、後に登場するバカゲーやカルトゲームといったジャンル的潮流の一翼を担ったと言えます。
また、本作が海外版の学校脱出から日本版の会社脱出へと設定を変更した背景は、当時の日本の社会的な風潮や、コンテンツ規制に対する意識を反映していると考えられます。結果的に、会社という空間を舞台にしたことで、多くの社会人や若者に強烈な印象を与え、会社からの逃走というテーマをコミカルに描き出した作品として、日本のゲーム文化における一種の社会風刺的な作品としての地位を確立しました。
ゲーム以外の文化への影響としては、そのユニークな設定とキャラクターが、レトロゲームブームの中でしばしばサブカルチャー的な文脈で言及され、懐かしのアーケードゲームとして特集されることが多く、世代を超えたファンに愛され続けています。
リメイクでの進化
『新入社員とおるくん』は、1984年のアーケード版をオリジナルとし、翌1985年にはセガの家庭用ゲーム機SG-1000に移植されています。しかし、この移植版を除いて、現代のゲーム機向けにグラフィックやシステムを完全に刷新したリメイク作品は、現在に至るまでリリースされたという公式な情報は確認できませんでした。
SG-1000版は、ハードウェアの制約や独自のアレンジにより、グラフィックやキャラクターの動き、一部の敵の挙動などにアーケード版とは異なる仕様が見られました。例えば、海外版(Mikie)の設定違い(ヘッドバットではなく大声でしびれさせる)のように、移植やローカライズの過程で、ゲーム内容が変化することがこの時代の特徴でもありましたが、SG-1000版もまた、単なる完全移植ではない移植版での進化と言える独自の要素を含んでいます。
もし今後、最新の技術を用いたリメイクが実現すれば、本作が持つ過激でコミカルな設定はそのままに、より滑らかなアニメーションや、多人数プレイ、オンラインランキングといった現代的な要素が加わることで、新たなプレイヤー層にこのユニークな作品の魅力を伝えることができるでしょう。しかし、現時点ではそのような進化の事例を具体的に述べることはできません。
特別な存在である理由
本作がゲーム史において特別な存在である最大の理由は、その世界観とゲームプレイの乖離、そしてそれを許容するブラックユーモアのセンスにあります。当時のアクションゲームの多くは、正義のヒーローが悪を討つといった分かりやすい構図でしたが、『新入社員とおるくん』は、社会の一般的な規範を逸脱した新入社員が、上司や同僚に攻撃を仕掛け、会社を脱出するという、極めて反体制的でコミカルな設定を全面に押し出しました。このギャップが、プレイヤーに強烈なインパクトを与えました。
また、ゲームの舞台が会社という日常の延長線上にありながら、ヒップアタックやヘッドバットといった非日常的なアクションが飛び交うことで、プレイヤーは一種のカタルシスを感じることができました。これは、当時の社会における会社や上司への鬱屈とした感情を、ゲームという安全な空間で昇華させる装置としても機能したと言えるかもしれません。そして、海外版の学校脱出を日本版で会社脱出に変更したというローカライズの経緯自体が、この作品の文化的な特異性を物語っています。設定変更を経てもなお、その過激なユーモアとゲーム性が失われなかったこと、むしろ日本独自のブラックユーモアとして完成したことが、本作を特別な存在にしています。
まとめ
アーケード版『新入社員とおるくん』は、1984年にコナミからリリースされた、極めて個性的なアクションゲームであり、そのユニークな設定と型破りなゲーム性によって、日本のゲーム史に確かな足跡を残しました。主人公とおるくんの奔放な行動と、それを追いかける悪山課長をはじめとする個性的な敵キャラクターたちの織りなす脱出劇は、単なるゲームの枠を超え、一種の社会風刺的なエンターテイメントとして機能しました。プレイヤーは、ヒップアタックやヘッドバットというコミカルな暴力を駆使しながら、高度なアクション性を要求されるゲームプレイを楽しむことができました。
現代に至るまで、本作は愛すべきバカゲーとして再評価され続けており、そのカオスな世界観は多くのレトロゲームファンに愛されています。この作品の最大の魅力は、現実離れした設定の中に潜むブラックユーモアと、当時の技術を活かした滑らかなアクション表現の融合にあります。『新入社員とおるくん』は、時代の制約や文化的な背景の中で、いかに開発者が自由な発想をもってゲームを創造していたかを雄弁に物語る、貴重な作品であると言えるでしょう。
©1984 KONAMI
