アーケード版『Xマルチプライ』は、1989年5月にアイレムから発売された横スクロールシューティングゲームです。この作品は、人間が病原菌に侵食された身体の内部を舞台とするという、当時としては非常に斬新かつショッキングな設定で注目を集めました。プレイヤーは自機「X-002」を操作し、体内の組織や寄生生物をモチーフにした異形の敵と戦います。ゲームの特徴は、自機に付随する2本の「触手」を駆使した独自の攻防システムにあります。この触手は、攻撃はもちろん、敵弾を防ぐ盾や、地形を無視して敵にダメージを与えるなど、多岐にわたる戦略的な役割を果たし、後のシューティングゲームにも影響を与えました。
開発背景や技術的な挑戦
『Xマルチプライ』の開発は、アイレムが『R-TYPE』で確立した、緻密なグラフィックと戦略性の高いゲームデザインという路線を継承しつつ、新たな表現とシステムの模索から始まりました。当時のアーケードゲーム市場では、シューティングゲームが人気のジャンルでしたが、本作は「生体」をテーマとしたグロテスクでありながらも美術的な背景表現と、それに見合った独創的なゲームシステムを両立させるという挑戦をしました。体内という設定を表現するため、当時のハードウェアの制約の中で、有機的な動きをする敵キャラクターや、脈打つような背景など、生命感あふれるビジュアルを追求しました。特に、触手の滑らかな動きや、敵が破壊された際の独特なエフェクトなどは、技術的なこだわりが垣間見える部分です。また、触手システムの導入は、単なるパワーアップではなく、プレイヤーの操作技術と戦略性を問う、新しいゲーム体験の核となりました。
プレイ体験
『Xマルチプライ』のプレイ体験は、触手システムによって従来のシューティングゲームとは一線を画しています。プレイヤーがパワーアップアイテムを取得すると、自機から上下に2本の触手が出現します。この触手は、自機の移動に応じて伸び縮みし、攻撃判定を持つだけでなく、敵の通常弾を防ぐバリアとしても機能します。プレイヤーは、触手を敵本体や地形にめり込ませて攻撃する、触手を閉じ気味にして防御範囲を集中させる、といった状況に応じた使い分けが求められます。このため、単純な回避能力だけでなく、触手の配置と移動を同時に行う戦略的な操作が重要になります。ステージの構成も、体内の細い血管や臓器の間を縫うように進むものが多く、プレイヤーは息詰まるような緊張感の中で、難易度の高い状況を切り抜ける爽快感を味わうことができます。その独特な世界観と相まって、他に類を見ない異様な美しさを持つプレイ体験を提供しました。
初期の評価と現在の再評価
『Xマルチプライ』は、稼働開始当初から、そのグロテスクかつ斬新なビジュアルと、触手システムという独自のゲーム性で、一部のコアなシューティングゲームファンから高い評価を受けました。生体モチーフのグラフィックは賛否を分ける面もありましたが、アイレムらしい高い完成度のゲームデザインは多くのプレイヤーに受け入れられました。その後の再評価においては、本作が持つ退廃的で有機的な世界観と、高い戦略性が特に注目されています。緻密なドット絵で描かれたグラフィックは、現在においても独特な芸術性を持っていると再認識されており、触手というギミックを用いた独創的なシステムは、シューティングゲームの歴史において重要な位置を占める作品として語り継がれています。現在のプレイヤーからも、単なるレトロゲームとしてではなく、時代を超越した異色の名作として再評価され続けています。
他ジャンル・文化への影響
『Xマルチプライ』が確立した生体モチーフのグラフィックと、自機に付随する特殊なオプションを攻防の核とするシステムは、後のビデオゲーム、特にシューティングゲームジャンルに大きな影響を与えました。生々しい体内、異形の生命体というビジュアルテーマは、後のクリエイターたちに強烈な印象を与え、SFホラーやバイオホラーといったサブジャンルのゲーム開発に間接的な影響を与えたと考えられます。また、自機から独立したオプションを防御や地形攻撃にも活用するという触手システムは、シューティングゲームのシステムデザインに新たな可能性を提示しました。ゲーム外の文化においては、その独自性の高いデザインや世界観が、一部のサブカルチャーやアートの分野でカルト的な人気を博し、アイレムの個性を象徴する作品の1つとして認識されています。
リメイクでの進化
アーケード版『Xマルチプライ』は、特定のハードウェアでの完全なリメイク版はリリースされていませんが、その移植版は様々なプラットフォームで提供されており、特にアーケードアーカイブスなどの形式で現代のプレイヤーにもアクセス可能になっています。これらの移植や配信では、当時のゲーム性やグラフィックを忠実に再現することを主眼としています。真のリメイクというよりはオリジナルの保存という意味合いが強いですが、現代の環境でプレイ可能になったことは、ゲーム史的な価値を再認識する機会を提供しています。また、移植によっては、難易度調整のオプションやオンラインランキングなどの現代的な機能が追加され、当時のゲーム体験を尊重しつつ、遊びやすさやプレイヤー間の交流といった点で進化を見せています。
特別な存在である理由
『Xマルチプライ』が特別な存在である理由は、その圧倒的なオリジナリティと、高いゲーム性が両立している点にあります。人間という身近な存在の体内を舞台とし、それをグロテスクでありながらもどこか美しいビジュアルで描き切った世界観の力は、他のシューティングゲームにはない強烈な個性を放っています。さらに、この異様な設定を触手システムという独創的なゲームシステムに昇華させたことで、ビジュアル面だけでなくプレイフィールにおいても唯一無二の存在となりました。高い難易度と戦略的な奥深さは、当時のプレイヤーに熱狂的に受け入れられ、アイレムの作品群の中でも特に異彩を放つ傑作として、今なお多くのファンに語り継がれています。その唯一無二の表現と洗練されたゲームデザインが、本作を特別な存在たらしめています。
まとめ
アーケード版『Xマルチプライ』は、1989年5月にアイレムが世に送り出した、横スクロールシューティングゲームの歴史において特異な輝きを放つ作品です。人間の体内という衝撃的な設定と、自機に付随する触手を攻防一体のウェポンとして活用する革新的なシステムは、当時のプレイヤーに強いインパクトを与えました。このゲームは、緻密なグラフィックと高い戦略性によって、単なる異色作に留まらず、完成度の高いシューティングゲームとしても評価されています。その唯一無二の世界観と奥深いゲームプレイは、時代を超えてビデオゲームデザインの多様性を象徴する作品として、今後も特別な名作として記憶され続けるでしょう。
©1989 IREM