AC版『ザ・ビックプロレスリング』プロレスゲームの始祖が築いた熱狂

アーケード版『ザ・ビックプロレスリング』は、1983年12月にデータイーストから稼働された、世界で初めてプロレスを題材としたコンピューターゲームです。開発はテクノスジャパンが担当しました。本作は、プロレスの試合を題材とした対戦格闘ゲームの要素を持ちつつ、当時のゲームとしては画期的な、プロレス特有のギミックや演出を取り入れた作品として知られています。国内では後にファミリーコンピュータに移植され、日本国外では『Tag Team Wrestling』のタイトルで稼働し、Apple II、コモドール64、PC booterなどにも移植されました。プレイヤーはタッグチームの一員となり、熱戦を繰り広げます。新日本プロレス、全日本プロレス両社の承認を得て制作されたとされており、リアルなプロレスの雰囲気を追求した意欲作でした。入場シーンでの有名選手のテーマ曲の使用や、場外乱闘、怒り状態といった要素は、後のプロレスゲームの原型とも言える特徴を備えています。

開発背景や技術的な挑戦

『ザ・ビックプロレスリング』が開発された1980年代前半は、コンピューターゲームの表現力が向上しつつありましたが、複雑な動きや多人数が絡むプロレスをゲーム化することは技術的な挑戦でした。開発を担当したテクノスジャパンは、当時としては珍しいプロレスという題材を、ゲームとして成立させるために様々な工夫を凝らしました。特に、プロレスの華である技の表現には苦心したとされています。複雑なモーションを限られたスプライト数と処理能力で実現するため、敵と組み合った状態(ロックアップ)から技のグラフィックを切り替えて繋げるという手法が採用されました。この方式は、後の『エキサイティングアワー』などで改善されますが、本作においてはプロレスゲームとしての基礎を築く重要な1歩でした。また、現実のプロレス団体からの承認を得て制作されたという点も、当時のゲームとしては異例であり、プロレスファンを意識した高い再現性へのこだわりが伺えます。

プレイ体験

本作の試合形式は基本的にタッグマッチで、プレイヤーはジェミニブラザーズのサニーとテリーを操作し、敵チームと対戦します。特徴的なのは、敵と組み合った際に画面に表示される技の選択肢と、それを選ぶためのボタン連打システムです。プレイヤーは制限時間内にボタンを早押しし、押した回数に応じて繰り出す技が変わります。ボタンを多く押すほど、パイルドライバーなどの大技を出すことができ、戦略性と操作の熱さが融合したプレイ体験を提供しました。ただし、敵キャラクターによっては強力な技をかけられないといった制約もあり、単なる連打合戦に留まらない深みを持たせています。また、体力ゲージの消耗によってレスラーの動きが遅くなる、場外乱闘が発生し、時には乱入レスラーが出現するなど、プロレスのリアリティを追求した演出が、試合を盛り上げました。これらの要素は、当時のプレイヤーにとって新鮮で、白熱したプロレスの雰囲気をゲームセンターで味わえるという魅力がありました。

初期の評価と現在の再評価

アーケード版『ザ・ビックプロレスリング』は、世界初のプロレスゲームという称号と、その意欲的な内容から、登場当初からプロレスファンを中心に注目を集めました。当時のゲーム雑誌などでも紹介され、いわゆるプロレスゲームとしては最初の作品として認識されていました。特に、プロレスの雰囲気を再現した入場シーンや、ゲーム内でプロレスの裏技的な要素が楽しめる点は、当時のファンに歓迎されたようです。しかし、ゲームシステムとしては、後にテクノスジャパンが開発するプロレスゲームと比べると、操作性や技のバリエーションに粗削りな部分があったという評価もありました。現在においては、その後のプロレスゲームの歴史を語る上で欠かせない始祖として再評価されています。後のプロレスゲームの基礎を築いた作品として、その革新性と、当時の技術的制約の中でプロレスを表現しようとした開発者の熱意が、改めて高く評価されています。

他ジャンル・文化への影響

『ザ・ビックプロレスリング』がプロレスゲームというジャンルを確立した功績は非常に大きく、後のビデオゲーム全般に影響を与えました。本作が世界初のプロレスゲームとして成功を収めたことで、ゲーム業界においてプロレスという題材が十分にエンターテインメントとして成立することが証明されました。これにより、テクノスジャパン自身が後に『エキサイティングアワー』などのプロレスゲームの名作を次々と生み出す流れを作るとともに、他のメーカーもプロレスを題材としたゲーム開発に乗り出すきっかけとなりました。さらに、入場テーマ曲の使用や、試合中のギミックの再現といった演出は、スポーツゲームにおけるリアルな雰囲気作りや、版権物のゲーム化における再現度の重要性を提示した初期の例と言えます。また、ゲームセンターという当時の文化において、プロレスという人気コンテンツを供給したことは、ゲーム文化の多様性にも寄与しました。

リメイクでの進化

アーケード版『ザ・ビックプロレスリング』は、国内では1986年にナムコからファミリーコンピュータ用ソフトとして『タッグチームプロレスリング』のタイトルで発売されました。また、日本国外では『Tag Team Wrestling』として稼働した後、同じく1986年にApple II、コモドール64、PC booterといったコンピュータープラットフォームにも移植されました。これらの移植版は、オリジナルのアーケード版が持つプロレスゲームの基本的な骨格を受け継ぎつつ、それぞれのプラットフォームの特性に合わせて進化を遂げました。特にファミリーコンピュータ版は、アーケード版とは異なる操作性やグラフィックで、新たなプレイヤー層にプロレスゲームの楽しさを伝えました。オリジナル版の基本システムであるタッグマッチや技の選択要素は踏襲しながらも、家庭用ゲーム機やパーソナルコンピューターという環境に合わせた調整が施され、より多くのプレイヤーに受け入れられました。

特別な存在である理由

本作がビデオゲーム史において特別な存在である理由は、なんと言っても世界初のプロレスゲームであるという点に尽きます。それまでスポーツゲームの主流は野球やサッカーなどでしたが、本作はプロレスというエンターテインメント性の高い格闘技を、独自のシステムでゲーム化し、1つのジャンルとして成立させました。また、単に格闘技を再現するだけでなく、プロレス特有のお約束とも言える演出、例えば入場シーン、場外乱闘、怒り状態といったギミックを、当時の技術レベルで意欲的に取り入れた点も革新的でした。この先駆的な挑戦と、プロレスファンを納得させる再現への熱意が、後のプロレスゲーム、さらには対戦格闘ゲームの表現にまで影響を与えることになりました。本作は、技術的な制約の中でいかに題材の魅力を引き出すかという、ゲームデザインの模範を示す作品として、今もなお語り継がれています。

まとめ

アーケード版『ザ・ビックプロレスリング』は、1983年に登場した、プロレスゲームの原点にして、その後のビデオゲーム史に大きな足跡を残した作品です。開発元のテクノスジャパンは、このゲームを通じて、プロレスというエンターテインメント性の高い題材を、コンピューターゲームとして見事に落とし込むことに成功しました。タッグマッチのシステム、ボタン連打による技の決定、そしてプロレス特有の熱い演出は、当時のプレイヤーに強烈なインパクトを与えました。また、ファミリーコンピュータなどへの移植によって、より多くのプレイヤーにプロレスゲームの楽しさが広まりました。隠し要素や裏技はゲームセンターでの賑わいを創出し、文化的な側面からも重要な役割を果たしました。本作の登場がなければ、後の数多くのプロレスゲーム、そして対戦格闘ゲームの発展はなかったかもしれません。まさしく、ビデオゲームにおけるプロレスの歴史はここから始まったと言える、記念碑的な作品です。

©1983 データイースト