スーパーファミコン版『ざくろの味』は、1995年12月22日にイマジニアから発売されたアドベンチャーゲームです。開発はスタジオ・クリップスが担当し、プロデューサーを飯田祥一氏、ディレクターを大須賀篤氏が務めました。本作は当時人気を博していたサウンドノベル形式を採用しており、人物を青いシルエットで描く手法や、背景に実写取り込みを使用する演出が特徴となっています。シナリオはSF文筆家として知られる聖咲奇氏が執筆し、音楽は元コナミの禎清宏氏が手掛けました。同日に同社から発売された『月面のアヌビス』とは、世界観の一部を共有し、互いの作品名が作中に登場し合う「姉妹品」のような立ち位置にあります。都内のビルが地震によって地下深くへ埋没するという閉鎖空間を舞台に、プレイヤーは大学生の主人公となって、雑誌編集部のメンバーと共に決死の脱出を試みることになります。メインシナリオの凄惨な描写や独特の緊張感から、数あるサウンドノベル作品の中でも特に異彩を放つ一作として知られています。
開発背景や技術的な挑戦
本作の開発が始まった1990年代半ばは、スーパーファミコンの成熟期であり、容量や描画機能の限界に挑む作品が数多く生まれていました。開発元であるスタジオ・クリップスは、格闘ゲームの『制服伝説 プリティ・ファイター』などを手掛けたスタッフが集結し、新たなジャンルへの挑戦として本作に臨みました。シナリオを担当した聖咲奇氏はSFや特撮の研究家としての顔を持っており、その専門知識を活かして、単なるパニックホラーに留まらない重層的な設定を盛り込みました。技術的な制約としては、16メガビットという限られたロム容量の中で、膨大なテキストデータと実写背景、そして雰囲気を盛り上げるBGMを共存させることが大きな課題でした。特に背景画像については、地下に埋没したビルという暗く閉塞感のある空間を表現するため、光と影のコントラストを強調した実写取り込みが多用されています。また、姉妹作である『月面のアヌビス』と同時並行で制作を進め、両作品に共通のキーワードを散りばめるというメタフィクション的な仕掛けを施すなど、当時のアドベンチャーゲームとしては野心的な試みが随所に見られます。音楽面では禎清宏氏により、不気味な地下空間を彩る重厚なサウンドトラックが制作され、ハードウェアの音源能力を最大限に引き出す工夫がなされました。こうした制約の中での工夫が、本作独自の重苦しくも魅力的な雰囲気を作り上げています。
プレイ体験
プレイヤーは、SF小説の連載を持つ2浪中の青年、土門として物語を体験します。ゲームは都内の雑居ビルが地震によって地下へ沈み込むという衝撃的な場面から始まり、そこから先の選択肢によって物語の展開が大きく変化します。操作感はオーソドックスなサウンドノベルそのものですが、画面いっぱいに表示される文章と、それによって想起されるグロテスクな描写の強烈さが没入感を高めています。難易度は比較的高めに設定されており、少しの判断ミスが即座に「死」やバッドエンドに直結するシビアなバランスとなっています。本作の大きな特徴として「達成度」のシステムがあり、プレイヤーが読んだ文章の割合がパーセンテージで表示されるため、コンプリートを目指す楽しみが提供されています。シナリオは大きく4つのルートに分かれており、ゾンビが登場するパニックホラー、心霊現象を扱うオカルト、高度な知能を持つ生命体が介入するSF、そして人間の欲望が渦巻くサスペンスと、多岐にわたるジャンルを一つの設定から描き出しています。特にゾンビが登場するメインシナリオでは、仲間が次々と犠牲になり、変わり果てた姿で襲い掛かってくる恐怖がプレイヤーに強い緊張感を与えます。また、登場人物の勝又や五味川といった個性的な編集部メンバーたちの活躍も印象的で、極限状態における人間ドラマが濃密に描かれています。一方で、既読スキップ機能の挙動が緩やかである点や、章単位の読み直しができないといった不便さもありますが、それがかえって一度の選択に対する重みを生み出しています。
初期の評価と現在の再評価
発売当時の評価は、複数のゲーム専門誌において標準的なアドベンチャーゲームとしての点数が付けられていました。オーソドックスなシステムと高品質な実写背景は評価されたものの、同時に発売された『月面のアヌビス』と比較してシステム面の不備や誤字脱字の多さが指摘されることもありました。当時はサウンドノベルのブームが一段落し、次世代機への移行期でもあったため、大ヒットには至りませんでした。しかし、年月が経過するにつれて、本作の「メインシナリオの後味の悪さ」や「トラウマ級のバッドエンド」がインターネット上のコミュニティなどで話題となり、再評価が進んでいきました。特に、ゾンビ化していく仲間の描写における生々しい文章表現や、絶望的な状況下での決断を迫られる物語構成は、熱狂的なファンを生む要因となりました。現在では、1990年代のホラーゲーム黄金期を支えた隠れた名作として語り継がれており、実況プレイやSNSを通じてその魅力が若い世代にも伝わっています。達成度100パーセントを目指すやり込み要素や、一見すると突拍子もないサブシナリオの存在も含め、制作者の強い作家性が反映された唯一無二の作品として、レトロゲーム市場でも一定の存在感を保ち続けています。初期の不満点であったシステムの粗ささえも、現在では当時の作品らしい「味」として受け入れられている側面があります。
他ジャンル・文化への影響
『ざくろの味』が与えた影響は、単なるゲームの枠に留まらず、サウンドノベルという表現手法の可能性を広げた点にあります。特に「閉鎖空間でのパニック」と「ゾンビ」という要素を組み合わせた構成は、後のサバイバルホラー作品にも通ずる緊迫感を文章のみで提示した先行例と言えます。脚本を手掛けた聖咲奇氏のSF的センスは、当時の読者層にハードなSF設定の面白さを伝え、ゲームを通じてジャンル間の橋渡しをしました。また、本作の特徴的なタイトルや独特のフォント、そして不気味な背景演出は、後世のインディーゲーム開発者やノベルゲーム作家たちに視覚的なインスピレーションを与えています。さらに、姉妹作との相互リンクという試みは、現在のメディアミックスやマルチバース的な世界観構築の先駆けとも捉えることができ、情報の断片を繋ぎ合わせて物語の全容を把握する楽しさをプレイヤーに提示しました。音楽の禎清宏氏が残したサウンドトラックは、立体音響技術を取り入れるなど音響演出の面でも先駆的であり、ゲーム音楽が恐怖体験を増幅させる重要なパーツであることを再認識させました。こうした多方面への影響は、現在でも本作をテーマにしたファンアートや二次創作、考察サイトが作成され続けていることからも明らかであり、1990年代半ばという時代の空気を鮮烈に記録した文化資料としての側面も持っています。
リメイクでの進化
現時点では、本作の完全なリメイク版やリマスター版は発売されていませんが、もし現代の技術で蘇るとすれば、その進化の可能性は計り知れません。原作の魅力を支えていた「文章による想像力への訴え」は、高解像度のグラフィックや3Dオーディオ技術によって、より直接的な恐怖へと昇華されるでしょう。特に、シルエット表現を維持したまま最新のライティング技術を適用することで、地下ビルの闇とそこから忍び寄る脅威がより鮮明に描き出されるはずです。また、原作で不便とされたメッセージ速度の調整や、現代のアドベンチャーゲームでは標準的なフローチャート機能の搭載により、複数の分岐を網羅するプレイ体験は飛躍的に向上することが予想されます。達成度のシステムも、オンラインでのランキング機能や実績解除といった要素と組み合わされることで、より競争力の高いやり込み要素へと進化するでしょう。しかし、リメイクにおいて最も期待されるのは、聖咲奇氏による緻密なシナリオが、ボイス演出や現代的な演出手法によってどのように彩られるかという点です。原作が持っていた「粗削りながらも強烈な作家性」を損なうことなく、新しい技術で包み直すことは、多くのファンが待ち望んでいる夢の一つです。レトロゲームの復刻ブームの中で、イマジニアの過去の名作群が再び注目を浴びる機会が増えており、本作が新たな姿でプレイヤーの前に現れる日は決して遠くないかもしれません。
特別な存在である理由
『ざくろの味』が発売から数十年を経てもなお特別な存在であり続ける理由は、そのあまりにも徹底した「救いのなさ」と「執念」にあります。サウンドノベルというジャンルにおいて、恐怖を煽る作品は数多く存在しますが、本作のように日常生活が一瞬にして崩壊し、逃げ場のない地下で徐々に人間性が失われていく過程を冷徹に描き切った作品は稀です。タイトルである「ざくろの味」という言葉が持つ、瑞々しさと血を想起させる二面性は、物語の核心を象徴しており、プレイヤーの記憶に深く刻まれます。また、広報を担当した桜井甲一郎氏らの尽力により、当時は多くのプレイヤーの手元に届けられ、それぞれの心に「地下への恐怖」というトラウマを残しました。技術的に未完成な部分があったとしても、それを補って余りあるシナリオのパワーと、それを支えるスタッフたちの熱量が、画面越しに伝わってくる点こそが本作の真骨頂です。名作と呼ばれるゲームが必ずしも万人受けするものではないように、本作もまた、その尖った魅力ゆえに特定の人々の心に強く突き刺さり、離れない存在となりました。地下に埋没したビルという、一見するとシンプルな設定からこれほどまでに多様で深い物語を紡ぎ出した本作は、スーパーファミコン時代のクリエイティビティの象徴であり、時代を超えて語り継がれるべき必然性を持っています。
まとめ
スーパーファミコン版『ざくろの味』は、1990年代のサウンドノベルブームの中で放たれた、暗く、そして鋭い輝きを放つ異彩の作品です。地下に閉じ込められた人々の葛藤と、そこに迫る超常的な脅威を描いた物語は、プレイヤーの選択によって何通りもの結末を見せ、その多くが忘れられない衝撃を伴います。聖咲奇氏の卓越したシナリオと禎清宏氏の緊迫感溢れる音楽、そしてイマジニアの開発スタッフたちの挑戦心が融合した本作は、単なるエンターテインメントの枠を超えた恐怖の記憶として今もなお生き続けています。たとえシステム面での不自由さがあったとしても、それを凌駕する没入感と、達成度100パーセントを目指す過程で得られるカタルシスは、本作にしかない独自の価値です。かつてこの地下室を彷徨ったプレイヤーも、これから初めてその闇に触れるプレイヤーも、ビルが沈み込むあの瞬間の寒気とともに、ざくろの味が意味する本当の恐怖を知ることになるでしょう。本作が描いた絶望と希望のドラマは、レトロゲームというカテゴリーの中に永久に保存されるべき、血の通った芸術品と言えます。プレイヤーとしての決断が運命を分かつ、その根源的な楽しさと恐ろしさを教えてくれる一冊の電子小説として、これからも多くの人々に語り継がれていくことでしょう。
©1995 イマジニア


