1998年にSNKが世に送り出した携帯ゲーム機ネオジオポケット(NGP)は、アーケード文化の熱気をそのままポケットに閉じ込めようとした意欲的なプロダクトでした。翌年には改良版のネオジオポケットカラー(NGPC)が発売され、こちらが主力として展開されました。販売寿命は短く、任天堂の牙城を崩すことはできませんでしたが、独自の操作感や豊富な自社タイトルによって、今もレトロファンから高い支持を受けています。
開発背景
1990年代のSNKは、ザ・キング・オブ・ファイターズやサムライスピリッツ、餓狼伝説といった格闘ゲームで世界的に評価されていました。その一方で、携帯市場ではゲームボーイが圧倒的なシェアを持ち、ポケモンの爆発的ヒットもあって任天堂一強の構図が固まりつつありました。SNKは据え置きで培ったブランド力を生かし、外出先でも自社IPを楽しめる環境を築こうと考え、NGPを開発します。モノクロ液晶の初代を足掛かりに、わずか数か月後にはカラー版を市場に投入し、より広いユーザー層に訴求しようとしました。
ハードウェアとスペック
NGPの設計思想を象徴するのがマイクロスイッチ式のスティックです。一般的な十字キーではなく、親指を倒すとカチッとしたクリック感が返る小型スティックを搭載しました。この入力装置は格闘ゲームでの斜め入力や素早い連打に対応しやすく、携帯機とは思えない操作性を実現しました。
ディスプレイは160×152ドットの反射型液晶で、初代はモノクロ、NGPCは最大146色を同時表示できるカラー仕様でした。CPUは16bitのTLCS-900Hとサウンド用のZ80互換チップを組み合わせ、音源は6音FMと1音PCMを扱えました。電源は単三乾電池2本で約40時間の連続稼働を可能にし、携帯機としては群を抜くスタミナを備えていました。
ソフトラインナップ
NGP/NGPCの強みはやはり自社格闘IPの携帯移植です。KOF R-1とR-2はデフォルメされたキャラクターながら、チームバトルの戦略性をしっかり再現しました。サムライスピリッツや餓狼伝説ファーストコンタクトもアーケードとは異なる味わいを持ち、持ち歩いて楽しむには十分な完成度でした。
また、SNK vs CAPCOM カードファイターズは、両社の人気キャラクターをカードバトルに落とし込み、意外性と遊びやすさで高い人気を博しました。さらにセガのソニックが登場するSonic Pocket Adventureなど、他社IPとのコラボも展開され、ライブラリの幅を広げています。
他機種との連動
NGPCはドリームキャストとの接続ケーブルを用意し、連動タイトルでは特典やデータ解放を実現しました。当時としては珍しいクロスプラットフォーム戦略で、据え置きと携帯を橋渡しする試みは先進的でした。プレイヤーにとっては遊びの広がりを実感できる仕組みであり、SNKの柔軟な発想を感じさせます。
市場での評価と販売データ
ネオジオポケットの販売台数は世界で約200万台前後と推定されます。国内累計は約31万台で、そのうちモノクロ版が約5万台、カラー版が約26万台を占めました。欧州では10万台規模に到達し、北米では2000年春の時点で市場シェアが2%程度に留まりました。数字だけ見れば小さな成功に思えますが、ゲームボーイが1億台を超える規模で普及していたことを考えると、差は歴然としていました。
苦戦の理由は複数あります。最大の要因は投入のタイミングです。初代NGPはモノクロ液晶で登場しましたが、同じ頃にゲームボーイカラーが既に市場を支配しており、カラーモデルを急いで投入した時点では既に差が広がっていました。日本市場ではワンダースワンが低価格と軽量を武器に登場し、ユーザーの選択肢は豊富すぎるほど存在しました。
次に挙げられるのは流通とサードパーティの課題です。任天堂は小売店との関係が強固で、ゲームボーイの棚は至る所に設けられていました。一方でNGPCは販売網の拡大に苦戦し、サードの支援も薄く、ソフトのラインナップや露出の面でどうしても不利でした。加えて、バックライト非搭載の液晶は電池寿命こそ長かったものの、室内では見づらいという弱点があり、ライトユーザーを取り込みづらかったのも事実です。
そして決定的だったのが企業体力の問題です。2000年にSNKはアルゼに買収され、直後に北米と欧州での展開を打ち切りました。ユーザーや小売、開発者にとって未来が見通せなくなり、プラットフォームの将来性に不安が生じました。最終的に2001年にはSNKが経営破綻に追い込まれ、ハードの寿命もそこで尽きました。こうした企業の動揺は、いかに優れたハードを作っても普及に直結しないという教訓を残しました。
後継機と小型モデル
日本国内では1999年秋に小型化したNEW NGPCが発売され、持ちやすさや音質面が改善されました。しかしその時点では既に市場環境が厳しく、海外撤退と経営悪化が重なり、普及を大きく伸ばすことはできませんでした。完成度が高いだけに、惜しまれる終幕だったと言えるでしょう。
現在の評価
今日のレトロゲーム市場では、NGP/NGPCは短命ながら良機として再評価されています。クリック感のあるスティックや長時間駆動は、今触れても新鮮さを感じさせます。スイッチ向けにNEOGEO POCKET COLOR SELECTIONとしてソフトが復刻され、当時を知らない世代が初めて体験する導線も整いました。中古市場でもSNK vs CAPCOM カードファイターズやKOF R-2などは人気が高く、プレミアが付くケースも珍しくありません。
まとめ
ネオジオポケットは、任天堂の独占的な市場に真正面から挑んだ野心の結晶でした。数字の上では成功したとは言えませんが、独自の入力装置や自社IPを活かしたライブラリ、そして据え置きとの連動など、挑戦的な設計は今なお語り継がれています。短命だからこそ強く記憶に残り、レトロファンの間で輝き続けているのです。親指の先でカチッと鳴るあの感触こそ、ネオジオポケットが残したかけがえのない遺産でした。